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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)124号 判決

原告

増田和夫

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、同庁昭和58年審判第9296号事件について、昭和62年4月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「プラスチツク化粧板の製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和52年7月20日特許出願をしたところ、昭和58年2月25日に拒絶査定を受けたので、同年5月4日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第9296号事件として審理し、昭和59年1月10日、出願公告(昭和59年特許出願公告第1195号)をしたが、ジエイ・エス商工株式会社他から特許異議申立があり、さらに審理した上、昭和62年4月30日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月13日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

真鍮等の金属平皿の如き容器に液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料を充填し容器面よりやや膨隆状になるよう形成し、二〇℃以下の低温の真空中で脱泡しこの時の泡により撹拌して模様を形成せしめ硬化後表面を平滑面に削成することを特徴とするプラスチツク化粧板の製法。

三  本件審決の理由の要点

1  本願の出願日は一項のとおり、本願発明の要旨は二項のとおりである。

2  そして、特許法第一五九条第二項の規定により準用する特許法第六四条第一項の規定により補正された明細書の発明の詳細な説明の欄を参照すると、前記本願発明の要旨のとおりの特許請求の範囲の記載中の「容器に塗料を充填し容器面よりやや膨隆状になるよう形成する」のは、「表面の収縮変化に対応するため」であり(昭和59年第1195号特許出願公告公報(以下「本件出願公告公報」という。)一頁2欄八行から九行まで参照)、「二〇℃以下の低温の真空中で脱泡する」のは、特別の高温下あるいは低温下ではなく、「常温下の真空中で脱泡する」ことを数値を用いて言い換えたに過ぎないものと認める。さらに、「脱泡の時の泡により撹拌して模様を形成」するのは、「脱泡のときの泡により金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する」と説明されている(本件出願公告公報一頁2欄一行から三行まで参照)が、脱泡の時の泡により、前記混練塗料中の粉体の多少の位置変化があつたとしても、この時初めて前記混練塗料中に粉体が分散するのではなく、前記混練塗料を容器に充填した時点ですでに粉体が分散しており、一種の模様が形成されているものと認める。しかるに、これは単に「脱泡する」と解すれば充分であるものと認められる。また、「硬化後表面を平滑面に削成する」のは、「容器面よりやや膨隆状になつた表面を平滑面に削成して仕上げる」ものであり(本件出願公告公報一頁2欄七行から八行まで参照)、樹脂成形の仕上げ加工としてこの出願前周知慣用の技術である機械加工やパフがけ等に相当するものと認められる。

したがつて、本願発明の要旨は、以下のように読み換えられるものである。

「真鍮等の金属平皿の如き容器に液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料を容器面よりやや膨隆状になるよう充填し、常温下の真空中で脱泡し、硬化後表面を平滑仕上げしたことを特徴とする模様入りプラスチツク化粧板の製法。」

3  これに対して、前置審査における特許異議申立人ジエイ・エス商工株式会社が提出した審判事件甲第一八号証(本件甲第四号証)刊行物である「プラスチツク加工技術便覧 新版」(日刊工業新聞社昭和51年9月20日発行、以下「引用例」という。)には、「金属製の型容器に液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉などを混合してなる塗料を収縮による液面の低下を考慮していくぶん多く充填し、真空中で脱泡し、硬化後表面を仕上げ加工したことを特徴とする模様入りプラスチツク成形品の製法。」が記載されている。

4  本願発明と引用例のものを比較すると、両者は、金属製の型容器に液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混合してなる塗料を収縮による液面の低下を考慮していくぶん多くすなわちやや膨隆状になるように充填し、真空中で脱泡し、硬化後表面を仕上げ加工したことを特徴とする模様入りプラスチツク成形品の製法の点で一致するが、

(一) 容器の形状を本願発明では平皿の如きと特定しているのに対して、引用例のものでは何ら言及していない点、

(二) 真空中での脱泡の温度が本願発明では常温であるのに対して、引用例のものは常温である旨明記されていない点

で相違している。

5  そこで、相違点について検討する。

(一) 成形品の形状に応じて型容器の形状は必然的に決定されるものであり、本願発明のように板状の成形品を得る場合には、平皿状の型を用いることは当然である。

(二) 前記引用例の六〇二頁六行目に「粘度を下げて脱泡しやすくするため加熱することもある」と記載されている以外温度についての記載がなく、通常は常温下で脱泡するものと認められる。

6  したがつて、本願の発明は、前記引用例に記載されたものに基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願発明における「模様」の意味を誤つて解釈したことにより、本願発明の技術内容を看過誤認した結果、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと判断を誤つた違法があるから取り消されなくてはならない。

1  本願発明における「模様」は、

① 肉眼で判別しうる。

② 粉体の不均一分散よりなる。

という性質を有するものであることは、本件出願公告公報(甲第二号証)記載の明細書に昭和60年3月23日付手続補正書(甲第三号証)により補正を加えたもの(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明及び本願願書添附の図面(本件出願公告公報(甲第二号証)中の図面。以下「本願図面」という。)の記載から明らかである。

そして、右のような性質の模様が、脱泡により形成されるところに本願発明の特徴がある。即ち、

(一) ①の「肉眼で判別しうる。」という性質は、化粧板の模様である以上当然である。この、化粧板は、ライター、シガレツトケース、ペンダント等に用いられるものである(本件出願公告公報一頁2欄一九行から二一行まで参照)から、ルーペを用いたり、特に遠方から見たりすることなく、通常、ライター等の化粧板を見る距離で見て、肉眼で判別しうるという意味を有する。また、右のような性質は、本願図面の記載からも明らかである。

(二) ②の「粉体の不均一分散よりなる。」という性質を有することは、本願明細書の発明の詳細な説明中の「二〇℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成(「模様形式」とあるのは「模様形成」の誤記である。)に至らない。」との記載により認められる。即ち、本願発明の模様は、粉体の一様でない分散、即ち、不均一分散によつて形成されるものであることが明らかである。

なお右にいう不均一とは、粉体の分散状態についていうものであり、個々の粉体の形状や、個々の粉体間の距離等についていうものではない。粉体は塗料中に分散されているのであるから、個々の粉体間の距離は不均一になるが、本願発明の模様についていう「粉体の不均一分散」とはこれを意味するものではなく、粉体間の距離の統計的分散状況が部所により異なること、即ち、部所により、各粉体間の距離が大きい所、つまり混入濃度の薄い所や、各粉体間の距離が小さい所、つまり混入濃度が濃い所があることを意味する。

簡単にいうと、本願発明の模様は、一様でないもの、つまり濃淡模様をいうのである。

被告は、本願明細書中の前記「二〇℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成に至らない。」との記載の意味について、粉体の比重による浮沈を理由とする解釈を主張しているが、これは誤りである。この「二〇℃以上の高温で行うと・・・」というのは、「二〇℃以上の高温で脱泡を行うと・・・」との意味であるが、この脱泡は、極めて激しい撹拌作用を有する(甲第五号証の写真六参照。)ので、比重による浮沈は脱泡時には問題とならない。浮沈が生じるのは脱泡の後である。なお、被告の主張するような完全な浮沈は実際には生じない。

なお、後記第三請求の原因に対する認否及び被告の主張二3中、液体の中に比重の高い粒子が存在すると、その粒子が底に沈むこと、液体の中に比重の軽いものがあると、そのものは液体の表面に浮くことは、物理学の初歩の技術常識であり、粉体の粒子の大きさが約三〇〇メツシユより大きい粒度のものは、液状エポキシ樹脂中で沈降、沈殿しやすいことは乙第三号証にも記載されているとおり周知のことであることは認める。

(三) また、右のような性質の模様が、脱泡により形成されることは、本願発明の特許請求の範囲の「脱泡しこの時の泡により撹拌して模様を形成せしめ」との記載から当然に理解できることである。右と同旨の記載は、発明の詳細な説明の中にもあり(甲第三号証により補正された甲第二号証一頁1欄三〇行目)、発明の詳細な説明には「脱泡すると、このときの泡により前記金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する。」との記載(甲第二号証一頁1欄三七行から2欄三行まで)もある。

右特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中の「脱泡しこの時の泡により撹拌して模様を形成せしめ」との記載は、本件出願公告公報には「脱泡せしめ」とあつたものを、出願公告後に提出した手続補正書(甲第三号証)で補正したのが却下されることなく認められたものである。この補正は特許法第六四条の規定によるものであり、もし仮にこの補正後の模様が、脱泡により形成されるという特徴がないならば、この補正は明細書の記載をより不明確なものとするので、却下されるはずであるが、現実にはこの補正は認められているのであるから、本願発明の模様は右のような特徴を有している。

2  これに対し、本件審決は、本願発明の「模様」は、顔料により着色されたエポキシ樹脂と、金属粉または合成樹脂粉体とにより形成されるものであり、粉体が均一に分散していようと、不均一に分散していようとも、いずれも本願発明の「模様」であるとの認識に立つて判断している。したがつて、本願発明の方法により形成された検甲第一号証の見本三のような模様はもとより、本願発明において、塗料注入後脱泡することなくそのまま硬化させ、その表面を平滑面に削成した検甲第二号証の見本四のような模様も、本願発明の「模様」であると認識しているものである。

3  しかし、本件審決の右のような、本願発明の「模様」の解釈が誤りであることは、前記1に照らして明らかである。

本件審決は、右のように本願発明の「模様」の解釈を誤つたことにより、「混練塗料を容器に充填した時点ですでに粉体が分散しており、一種の模様が形成されているものと認める。」と本願発明の技術内容を誤認し、脱泡により模様を形成するという本願発明の特徴を看過誤認し、その結果、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業技術者が容易に発明をすることができものと判断を誤つた。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。同四2は認め、同四中その余は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような取消事由はない。

二1  原告は、本願発明の模様は、肉眼で判別し得るものであることを特徴の一つとするものであると主張するが、一般に全ての模様は肉眼で判別し得るのであつて、何も化粧板であるから意味があることはない。この特徴は、あまりにも当然のことである上に、すべての模様を意味するのであるから、本願発明の模様を特定することにはならない。

2  原告は、本願発明の模様は、粉体の不均一分散よりなることを特徴の一つとするものであると主張する。

しかし、本願明細書には、本願発明の模様について、「金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する。なおこの模様は混入粉体の性質、形状、重量などによつて無数多様的なものとなる。」(甲第二号証一頁2欄一行から四行まで)と記載されている。即ち、本願明細書には、本願発明の模様について、その形状や色彩を何も具体的に記載されていない。

本件審決は、本願発明の模様は、顔料により着色されたエポキシ樹脂と、金属粉又は合成樹脂粉とにより形成されるものであると認識しているのであり、粉体が均一に分散していようと、不均一に分散していようと、いずれであつても本願発明の模様にあたるのであり、粉体が分散することにより模様が形成されると認定判断しているものである。

着色された有機質塗料中に粉体が存在すれば模様が形成されることは、乙第二号証(昭和40年11月29日日刊工業新聞社発行「塗料便覧」)に記載されている。

即ち、乙第二号証には、模様塗料の中には、多彩塗料が含まれること、多彩塗料には、第一の相が有機溶媒ゾル(有機質塗料)、第二の相が有機物の着色固体の粒の場合があること、さらにその第一の相に着色することが記載されており、乙第二号証中の図19・6には、多彩塗料の塗面が示されている。

本願発明で使用する粉体の性質、例えばその形状及び大きさ等については、本願明細書に記載されていないので、当業技術者の技術常識から理解せざるを得ない。

粉体とは「きわめて多数の固体粒子の集合体で、各粒子間に適度の相互作用の働いている状態をいう。・・・工業的に粉体といわれる状態はもつと広く、穀物のような粒体から砂礫程度のものまで含め、また粒子が個々に分散したエアロゾルや粉塵、成形体や造粒物まで包含する。」、粉末と同義語で、「日常的には粉末ということが多い。」(以上乙第四号証(昭和56年12月15日日刊工業新聞社発行「粉体工学用語辞典」))、「固体粒子の非常に多くの集合体。構成粒子の粒径が数mmより小さい場合をさして言うことが多い。」(乙第五号証(昭和60年3月5日丸善株式会社発行「科学大辞典」))とされている。また粉末とは、粉末冶金用語としては、最大寸法一mm以下の粒子の集合体と定義されている(乙第六号証(JIS Z二五〇〇))。さらに、金属粉について、乙第七号証(JIS K五九〇六)には、塗料用アルミニウム粉について、その粒子径が〇・一四九mm(一四九μm)のもの(第三種)が記載されている。

そして、肉眼の分解能が約〇・一mm程度であることからして、右のような大きさの粉体または粉末は、肉眼で見える程度のものであり、このような粉体または粉末を混入した塗料にあつては、不均一な模様が形成される場合があることは前記乙第二号証の記載から明らかである。

3  原告は、本願発明の模様は、粉体の不均一分散よりなるものである根拠として、本願明細書中の、「二〇度℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成に至らない。」(甲第二号証一頁2欄五行から六行まで)との記載を挙げている。なお、右個所に「形式」とあるのは「形成」の誤記であることは認める。

しかし、本願明細書中の右部分を解釈する際には、本願発明で使用される材料の物性に基づく解釈をする必要がある。

即ち、本願発明において材料として挙げられた「金属粉または合成樹脂粉体」のうち、金属粉が使用される場合を考えると、金属粉は、エポキシ樹脂よりも比重が高いから、前記部分の意味は、「二〇度℃以上の高温で行うとエポキシ樹脂の流動性が過大となり、比重の高い金属粉が底の方に一様に分散してしまい、表面はエポキシ樹脂層のみから成るので、模様形成に至らない。」との趣旨と解釈すべきである。また、合成樹脂粉体が使用される場合を考えると、合成樹脂粉体は、エポキシ樹脂よりも比重が軽いから、前記部分の意味は、「二〇度℃以上の高温で行うとエポキシ樹脂の流動性が過大となり、比重の軽い合成樹脂粉体が表面層に一様に分散してしまい、表面は合成樹脂粉体層のみから成るので、模様形成に至らない。」との趣旨と解釈すべきである。つまり、「一様に分散してしまい、模様形成に至らない。」とは、右のように液状エポキシ樹脂や合成樹脂粉体が表面に一様に分散してしまい、模様が形成されないとの趣旨と解釈すべきである。

なお、液体の中に比重の高い粒子が存在すると、その粒子が底に沈むこと、液体の中に比重の軽いものがあると、そのものは液体の表面に浮くことは、物理学の初歩の技術常識であり、粉体の粒子の大きさが約三〇〇メツシユより大きい粒度のものは、液状エポキシ樹脂中で沈降、沈澱しやすいことは乙第三号証(昭和44年5月30日日刊工業新聞社発行「プラスチツク材料講座①エポキシ樹脂」)にも記載されているとおり周知のことである。

原告は、本願明細書中の前記部分の記載から、本願発明の模様は、粉体の一様でない分散、即ち、不均一分散によつて形成されると解釈しているが、独自の解釈であり、本願発明の模様が、粉体の不均一分散よりなるとの原告の主張は、本願明細書の記載に基づかない主張である。

4  原告は、本願発明の模様は、脱泡により形成されると主張しているが、本願発明の要旨自体からみて、本願発明が、平皿状容器に注入した塗料は粉体が均一に分散したものであり、脱泡時の泡によつて初めて粉体が不均一に分散し、これにより模様が形成される場合に限定されないことは明らかである。

また、脱泡は製法の一工程であり、模様を特定するものでないことは本件審決に認定判断したとおりである。更に、塗料を充填してから脱泡することは、最も普通の方法である。単に脱泡により形成された模様全てが本願発明の模様に当たると主張するのであれば、従来周知の製法及びその製品の大半を含むことになり不当である。

5  原告は、本願発明の模様が、脱泡により形成されるという特徴がないならば、出願公告後の補正は却下されるはずであるのに、現実にはこの補正は認められているのであるから、本願発明の模様は右のような特徴を有していると解するべきであると主張するが、右補正は、この点に関する本件審決の認定判断のような意味を含めて当業技術者が理解することができ、発明の要旨を変更するものではなかつたので、補正を認めたにすぎない。

第四証拠関係

証拠関係は本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。

二  本件審決の取消事由について判断する。

1  一般に模様とは、ものの表面に表れた図柄、ものの表面に表れた図形、色分けまたはそれらの組合わせを意味することは当裁判所に顕著である。

当事者間に争いがない前記請求の原因二の本願発明の要旨によれば本願発明は、「真鍮等の金属製平皿の如き容器に液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料を充填し容器面よりやや膨隆状になるよう形成」することを最初の工程とするのであるが、右のように容器に混練してなる塗料を充填し容器面よりやや膨隆状になるよう形成した状態においても、液状エポキシ樹脂、顔料、金属粉若しくは合成樹脂粉体の有する色彩、金属粉若しくは合成樹脂粉体の形状またはそれらの組合わせにより右の一般的意味での模様が形成されている場合があることは自明である。それにもかかわらず、本願発明が、右の最初の工程を経たものに、「二〇℃以下の低温の真空中で脱泡しこの時の泡により撹拌」する第二の工程により模様を形成せしめることを要件としていることからすれば、本願発明の要旨中の「模様」は、「二〇℃以下の低温の真空中で脱泡しこの時の泡により撹拌」することにより形成される、何らかの限定された模様であることが、本願発明の要旨中に示唆されているものと認められる。

しかし、本願発明の要旨自体からは、本願発明の模様が具体的にどのような模様であるかを、直接明確にすることはできない。

2  そこで、本願明細書及び本願図面の記載について検討する。

いずれも成立について当事者間に争いのない甲第二号証(本件出願公告公報)及び甲第三号証(昭和60年3月23日付手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄及び本願図面には次のような記載あることが認められる。

(一)  発明の詳細な説明の欄に、「本発明では、まず液体エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及びアルミニユームの如き金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料を容器に膨隆状に充填する。しかして、これを二〇℃以下の低温の真空中で脱泡すると、このときの泡により前記金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する。なおこの模様は混入粉体の性質、形状、重量などによつて無数多様的なものとなる。また二〇℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形式に至らない。」(甲第二号証一頁1欄三三行から2欄六行まで)との記載。(なお、右の「模様形式」とあるのは、「模様形成」の誤記であることは当事者間に争いがない。)

(二)  発明の詳細な説明の欄に、「本発明によつて製作された製品は美観光沢を有し、ライター、シガレツトケース、ペンダント等に広く使用することができる。」(甲第二号証一頁2欄一九行から二一行まで)との記載。

(三)  本願発明の実施状態を示した本願図面(甲第二号証二頁)中の第1図は平皿容器に、塗料を充填し、(脱泡後)硬化した状態の斜視図、同第2図は表面を平滑面に削成した斜視図であるが(甲第二号証一頁2欄一五行から一八行まで参照)、右各図中の、塗料2中に斑状に模様3がある状態の図の記載。

3(一)  右2(一)の発明の詳細な説明の欄の記載によれば、本願発明の模様は、金属粉または合成樹脂粉体が顔料により着色されたエポキシ樹脂の組成内に分散することにより形成されるものであるが、金属粉または合成樹脂粉体が一様に分散したものは本願発明の模様に該当しないものと認めることができる。

即ち、本願発明の模様は、一般的な意味における模様のうち、粉体がエポキシ樹脂の組成内に不均一に分散することにより形成されるものとの限定があるものと認められる。右2(三)に認定した本願図面に、塗料2中に斑状に模様3がある状態の図示されていることも、右本願発明の模様の認定に沿うものである。

そして、本願発明は、右のように限定された性質の模様が二〇℃以下の低温の真空中で脱泡しこの時の泡により撹拌することにより形成されることを特徴とすることは、前記本願発明の要旨及び前記2(一)に認定した本願明細書中の発明の詳細な説明の欄の記載から明らかである。

(二)  原告は、本願発明の模様は、肉眼で判別できるという性質をも有すると主張し、本願発明のプラスチツク化粧板の製法による製品が、ライター、シガレツトケース、ペンダント等に用いられることが、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載されていることは前記2(二)認定のとおりである。したがつて、本願発明の模様は、プラスチツク化粧板がそのような物に使用された際にそれが模様であると肉眼で判別できるものであるということができる。

しかし、一般的な意味における模様も、特段の限定のないかぎりは、肉眼で判別できるものを意味するものであるから、肉眼で判別できることは、本願発明の模様を特に限定する性質とは認められない。

4(一)  被告は、前記2(二)に認定した本願明細書中の、「金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する。なおこの模様は混入粉体の性質、形状、重量などによつて無数多様的なものとなる。」との記載を根拠として、本願明細書には、本願発明の模様について、その形状や色彩を何も具体的に記載されていない旨主張する。

しかし、本願明細書には、本願発明の模様の性質を限定するに足りる記載があることは前記3(一)に認定判断したとおりであり、被告の右主張は認めることができない。

(二)  被告は、乙第二号証、乙第四号証ないし乙第七号証の記載を挙げて、着色された有機質塗料中に粉体が存在すれば模様が形成されると主張するが、本願発明における模様は、単に、着色された有機質塗料中に粉体が存在することにより形成される模様ではなく、前3(一)に認定判断したとおり限定されたものであるから、そのことを前提としない右主張は失当である。

(三)  被告は、請求の原因に対する認否及び被告の主張二3のとおり、本願明細書中の、「二〇度℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成に至らない。」旨の記載は、エポキシ樹脂の流動性が過大となつた場合、金属粉または合成樹脂粉体とエポキシ樹脂の比重の高低により、液状エポキシ樹脂や合成樹脂粉体が表面に一様に分散してしまい、模様が形成されないとの趣旨と解釈すべきであり、本願明細書中の右部分の記載から、本願発明の模様は粉体の不均一分散によつて形成されるとする原告の主張は、独自の解釈であり、本願発明の模様が、粉体の不均一分散よりなるとの原告の主張は、本願明細書の記載に基づかないものである旨主張する。

そして、液体の中に比重の高い粒子が存在すると、その粒子が底に沈むこと、液体の中に比重の軽いものがあると、そのものは液体の表面に浮くことは、物理学の初歩の技術常識であり、粉体の粒子の大きさが約三〇〇メツシュより大きい粒度のものは、液状エポキシ樹脂中で沈降、沈殿しやすいことは乙第三号証(昭和44年5月30日日刊工業新聞社発行「プラスチツク材料講座①エポキシ樹脂」)にも記載されているとおり周知のことであることは当事者間に争いがない。

しかし、前記2(一)認定の本願明細書の記載によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の「二〇度℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成に至らない。」旨の記載は、この前の「二〇℃以下の低温の真空中で脱泡すると、このときの泡により前記金属粉など粉体がプラスチツク組成内に分散し美しい模様を形成する。」との記載に対応するものであると認められる。したがつて、右「二〇度℃以上の高温で行うと流動性が過大となり一様に分散してしまい模様形成に至らない。」旨の記載は、「二〇度℃以上の高温で脱泡を行うと流動性が過大となり金属粉など粉体がプラスチツク組成内に一様に分散してしまい模様形成に至らない。」との趣旨であることが明らかであり、これを被告主張のように、比重の高い金属粉が底の方に一様に分散してしまい、表面はエポキシ樹脂層のみから成る、あるいは、比重の軽い合成樹脂粉体が表面層に一様に分散してしまい、表面は合成樹脂粉体層のみから成るとの趣旨と解することはできない。

(四)  被告は、本願発明の要旨自体からみて、本願発明が、平皿状容器に注入した塗料は粉体が均一に分散したものであり、脱泡時の泡によつて初めて粉体が不均一に分散し、これにより模様が形成される場合に限定されないことは明らかであると主張する。

しかし、本願発明の模様は、一般的な意味における模様のうち、粉体がエポキシ樹脂の組成内に不均一に分散することにより形成されるものであり、本願発明は、右のように限定された性質の模様が、二〇℃以下の低温の真空中で脱泡しこの時の泡より撹拌することにより形成されることを特徴とすることは、前記本願発明の要旨及び前記2(一)に認定した本願明細書中の発明の詳細な説明の欄の記載から明らかであることは、前記3(一)のとおりである。また、前記甲第二号証及び甲第三号証によれば、本願明細書中には、本願発明の、「液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料」が特にそれらの材料を不均一分散させるように混練するものであることを認めるに足りる記載はないことが認められる。

これらを併せ考えると、本願発明の、「液状エポキシ樹脂、顔料、硬化剤及び金属粉または合成樹脂粉体を混練してなる塗料」は、これらの材料がエポキシ樹脂中に均一に分散させるように混練したものであると認められる。

よつて、被告の前記主張は認められない。

また、被告は、脱泡は製法の一工程であり、模様を特定するものでない旨、更に、塗料を充填してから脱泡することは、最も普通の方法であり、単に脱泡により形成された模様全てが本願発明の模様に当たると主張するのであれば、従来周知の製法及びその製品の大半を含むことになり不当である旨主張するが、本願発明の模様は前記3(一)のように限定されるものであり、脱泡によつて形成されることをもつて、模様を特定するものではないから、右主張は前提を欠き失当である。

5  前記3(一)のとおり、本願発明の模様は、一般的意味の模様のうち、粉体がエポキシ樹脂の組成内に不均一に分散することにより形成されるものとの限定があるものと認められる。

これに対し、請求の原因四2、即ち、本件審決は、本願発明の模様は、顔料により着色されたエポキシ樹脂と、金属粉または合成樹脂粉体とにより形成されるものであり、粉体が均一に分散していようと、不均一に分散していようと、いずれも本願発明の模様であるとの認識に立つて判断しているもので、本願発明の方法により形成された検甲第一号証の見本三のような模様はもとより、本願発明において、塗料注入後脱泡することなくそのまま硬化させ、その表面を平滑面に削成した検甲第二号証の見本四のような模様も、本願発明の模様であると認識しているものであることは当事者間に争いがないから、本件審決は、本願発明の「模様」の解釈を誤つたものである。

そして、本件審決は、右の誤つた解釈に基づいて、「混練塗料を容器に充填した時点ですでに粉体が分散しており、一種の模様が形成されているものと認める。」ことを根拠に、本願発明の要旨中「脱泡の時の泡により撹拌して模様を形成」するとあるのは、単に「脱泡する」と解すれば充分である、と本願発明の技術内容を誤認し、脱泡により模様を形成するという本願発明の特徴を看過誤認して、本願発明を引用例記載のものと対比して、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと判断を誤つたものである。

三  よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 木下順太郎)

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